地域人史-Interview-
便利さに甘えない暮らしで思考を整理し、やりたいことの『センターピンを狙う』40歳
北海道新十津川町
今回は髙野 智樹さんに
お話を伺いました
髙野 智樹(たかの ともき)さん
田舎満喫舎代表。2015年6月に地域おこし協力隊として新十津川町に移住隊員としての任務を行いながら北海道庁の取り組みでもあるローカルワークコーディネーターとして周辺市町村の企業・事業者の情報発信に携わっていた。現在は実業で収益を得ながら地域に根付いて暮らしている。
終身雇用がなくなり、「個」の力をつけ、たくさん行動していくべきだと言われている昨今。様々なコミュニティに顔を出せるようになり、情報が行き交い、他者の価値観によって生きる日々に疲れてきた人も多いのではないでしょうか。
便利さもスピードも手に入れられるようになったこの時代に、あえて北海道新十津川町(しんとつかわちょう)に暮らし、自分がやりたいことに集中する生活を手に入れようとしているのが2015年に東京から移住した髙野智樹さんです。
髙野さんが暮らす地域は、まちの中心部から離れた山間の田園地帯に位置し、クルマがなければ不便を強いられる場所です。そこでどんなことを生業として地域に根付いて生活しているのでしょうか?
春の到来で木々が芽吹く4月下旬に、髙野さんが暮らす拠点で、移住者や地域活動に携わる人たちの中にお招きいただきお話を伺いました。髙野さんが考えているこれから考えていきたい地域での暮らしとは?
憧れの地・北海道への移住先の決め手はまちの魅力ではなく、「東京に来てくれた」こと
2019年に廃線となった「札沼線(北海道医療大学〜新十津川)」のイベント等の運営に関わっていたメンバーで鍋を囲みながら、髙野さんは笑顔で話してくれた。
髙野さんが新十津川町に移住したのは2015年6月、東京から地域おこし協力隊として役場側のミッションを担う立場(現在の会計年度任用職員)として同町で暮らすことが決まった。
移住先を決める際、多くの場合、まちの資源や人に魅せられることが大きな要因・決め手になると思われるが、髙野さんはどうだったのだろうか。
「もともとツーリングをしていて北海道に憧れがあったんです。他の地域の地域おこし協力隊も応募しましたし、上砂川町、南富良野町にも応募しました。でも、恥ずかしながら面接に行く交通費もなかったんです。笑
その中でも、新十津川の方は自分のためにわざわざ東京に出向いて、面接に来てくれました」(高野さん)
新十津川町が髙野さんの面接のために東京に出向いたのは、「損して得取れ*1」というぐらいに移住する人のことを考えている想いからだ。
「新十津川は他の市町村に比べて、条件がすごく良かったんですよ。報奨金の他に、車両借り上げ料、通信費、家賃を手取りに加える形で補助をしていただきました。
他の市町村と募集内容を比べましたが、新十津川町の場合、諸先輩がいない、何かしらのプロジェクトが立ち上がっていないということも大きな要因でした。それらに必要な資格・経験を持っていなかったので、『何もできない自分でもとりあえず生活はできそう』という印象も応募を決めた大きな要因でした」(髙野さん)
*1 損して得とれ
一時的には損をするかもしれないが、将来の大きな利益になることをしようという意味。人間関係や信頼を構築する上でも使える言葉。 例えば、「日頃から地域(企業内)で損して得取れの精神で人の手助けをしてきた結果、自分が困ったときに周りが手を差し伸べてくれた」のような表現にも。起源は松下幸之助も昭和40年1月30日の松下電器本社での総合朝会で出た言葉。元々は「損して「徳」取れ」って言葉だったという。
採用のために積極的に北海道外に出向き、生活の補助を手厚くするなど移住者の暮らしに寄り添う姿勢に惹かれ、髙野さんは迷うことなく新十津川町への移住を決意した。
その後、現在住む髙野さんの家は知人の紹介により100万円程度で購入することができた。都会では考えられない価格である。しかしそれはまちの移住者支援に地域も一緒になって考えてくれているからこそできたことではないか。
サービス過剰な都市部に比べて、便利さに甘えない新十津川での暮らしは、思考を整理する一助に
新十津川町の地域おこし協力隊のパイオニアとして移住した髙野さんは、東京との暮らしの違いに驚きを覚えた。
北海道の車は冬にタイヤ交換したり、寒冷地仕様にすることも含め、車両維持費が予想以上に膨らむことがある。
また昨今の人口減少の影響も大きく、例えば隣町の滝川市で、飲み会等でお酒を飲んで22時にタクシーを呼んだ際、繁忙期には深夜1時まで捕まらなかった体験も語ってくれた。1時間にバスが20本も走っている東京等の都市部と比べ、利便性に大きなギャップを感じたと言う。
「不便ですが、それでも僕はこの新十津川での暮らしが合っていると思っています。東京は便利すぎてサービス過剰なんです。それだけ便利すぎると『夜中にコンビニに行こう』と思ったりして甘えが出ちゃうんですよね。新十津川では車がないと近くのコンビニにもいけないので、便利さに甘えない暮らしができています」(髙野さん)
しかし都市部とは違ってコミュニティが濃くなる地域での暮らし。人付き合いも増えて最初は周りの目が気になっていたという。髙野さんは他の市町村にいた地域おこし協力隊と自分の活動を比較して、「自分も何かやらなきゃ、任期が終わったら自立できないのでは」とプレッシャーと不安を感じていた。
自分のペースで仕事をするために、得意分野を生み出して生業を創ること
初めてやることや人付き合いに徐々に適応していった髙野さん。地域おこし協力隊任期満了後は自分の知識を持ち合わせて生業とするため、個人事業主として、ノートPCのハードウェア等を修理・販売する仕事を見つけることになった。
「地域おこし協力隊の仲間内で、今後どうやって暮らしていくか話をしていた時に、『パソコンの動作スピードって上げられないのか』という話になって『何かわからないけど髙野さんは詳しそうだ』と言われたことがきっかけです。笑
ただ思い返せば、幼少期に自転車や機械類のネジを外して、どんな仕組みになっているのだろうと興味を持つ子でした。なのでそれほど違和感も無く、作業内容がなんとなくイメージできていましたね。
当時は食べていけるほどの知識は全くなかったですが、会社勤めが合わず、自分のペースで仕事をやりたかったので自分でスキルを身につけて生きていくことにしました」(髙野さん)
髙野さんは液晶が割れていたり、キーボードが使えなくなったりしたハードを引き取って修理し、カスタムで機能を強化して、主にフリマアプリ等で販売している。
最近は人口が減っている日本だけでの販売に危機感を覚え、海外にも目を向け着実に前に足を踏み出しているという。
移住10年目。出した答えは本当にやりたいことを見定めること。「センターピンを狙う」こと
自分のペースで歩を進めてきた髙野さんも、2024年6月から新十津川町に移住して10年目、2023年には40歳を迎えた。
年齢を重ねる中で、髙野さんの思考にも徐々に変化が生じ始めているようだ。それは「やることを増やさずにやらないことを決めていく」こと。
「年齢を重ねると、やりたいことがあっても体力が追いつかないです。若いころは当たり前だったマルチタスクによって、雑多なタスクに気を取られたりして、本来やるべき仕事がなかなか進まなくて。
40歳を迎え時間は有限であることを意識するようになりました。時間は人類一人ひとりに平等に与えられた有限の資源だと日々感じています。お金は頑張れば増やせますが、時間は誰にも増やせません」(髙野さん)
限られた時間だからこそ、髙野さんは生き方を見つめ直し、3つのことを思いついた。1つ目は「本業に集中し、かつ、世の中の動きを見極める」こと。中古品の特性上、修理するための仕入れたハードも、どんどん価格が下落していく世の中の流れからスピード感が求められる昨今。
試行錯誤の末、去年ぐらいから作業と収益性のバランスを見出すことができた。しかしながら最近の円安の流れで修理に必要なパーツの価格が上がる等、再び時代の流れに揉まれている。自分の生業を日本や世界の動きにどのように乗せるのか、日々試行錯誤を繰り返すのだという。
2つ目は「可能な限り物を増やさず、好きな物を大事にする」こと。整理された環境は集中力が向上するものだ。できるだけ物を増やさないようにするかわり、好きなものはとことん大事にしたいと話す。
例えば大型テレビに関して言えば、映画を大画面で見たいので、誰かに「買い取りたい」と言われても譲らないという。そこでの判断材料は「『誰かが買い取ってくれるならあげてもいいな』は捨てるべきサイン」という考え方である。「片付け術・整理術」の多くの動画・書籍等でも言われている考え方を髙野さんも大事にしている。
「我が家をご覧の通り、不要な物への未練をなかなか断ち切れていませんが。笑」(髙野さん)
そして3つ目は髙野さんが最近、最も重要にしている「思考を整理し、やりたいことのセンターピンを狙う」ことだ。
「正直言えば、動画コンテンツでも見たいものはいっぱいありますし、いろんなものに目を向けたいし気になることはいっぱいあります。ただ、『これからどうやって有限の人生と向き合っていこう』と考えたときでも自分が何に価値を感じて何をやりたいか。どこを狙えば、他の事にも派生的に影響を与えられるのか、ボウリングで言うところのセンターピンを狙うことができるようになりたいと思います。
自分自身がブレない価値、自分自身が社会や周りの人に影響を及ぼすことができる価値や、大切にすべきものに達するまでの過程で得られる価値を理解し「自分が本当にやるべきことは何か」というセンターピンを自分の頭で整理できるようになれば楽しいと思います」(髙野さん)
結び-Ending-
情報が飛び交い、多くのコミュニティを選べるこの時代に、何をやってどこに住むのか。田舎は田舎でも、他のまちとそこまで違わない。
色々なまちで「ウチのまちは魅力的だからぜひ移住してほしい」という話を聞き、移住に興味がある僕はどこに住むのがいいのか迷っていました。
しかし、「新十津川町に住んでいるのではなく、『北海道に住んでいる』」と話す髙野さんの話を聞いて、やりたいことが整理できる、サービスが過剰過ぎない小規模なまちの魅力を感じました。
まちの魅力、人の魅力で移住する事例もあれば、あえて不便な環境に身をおいて思考を整理するために移住するという考え方もできます。
情報を入れすぎてやりたいことに迷っている人は、髙野さんのようにあえて不便な環境に身を置いて思考を整理し、センターピンを狙う生き方を取り入れてみてはいかがでしょうか。
何かに1点集中することで、見えてくるものもあるかもしれません。
■企画・著作
佐々木 将人 (Masato Sasaki)
就職を機に兵庫県から北海道に移住した社会人4年目。
人好きで、人×地域をテーマにした記事制作が得意。
【取材データ】
2024年4月27日
【監修・取材協力】
・髙野 智樹様
取材にご協力いただきました関係各諸機関のほか、関係各位に厚く御礼申し上げます。